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by niinfo

北アイルランドは今-3

(日刊ベリタ 2006年05月25日掲載)

第3回:街を歩く(1) 内戦と英雄と少年たち カトリック居住区内にも「住み分け」

  プロテスタント住民とカトリック住民との対立が続くベルファーストで、それぞれの住民同士が固まって住む地域を歩いてみた。地元の住民以外の人通りはほとんどなく、銃を持った男性たちの壁画やお互いに投げあった爆弾が爆発した痕の焼け焦げが残る建物が並ぶ。緊張感を感じながら歩いていると、人懐こい少年たちに出会った。(北アイルランド・ベルファースト=小林恭子) 
 
 欧州を中心に世界中から北アイルランドを訪れる若者たちが、廉価の宿泊施設の1つとして利用するのがベルファースト・インターナショナル・ホステル。緑の多い住宅地に建つクイーンズ大学までは10分ほどだが、英国との継続した連合を望むプロテスタント住民の中でも「ロイヤリスト」(英国との連合のためには暴力を使うこと辞さない人たち、あるいはその支持者)の若者たちの巣と言われる「サンディー・ロー」に隣接した場所にある。 
 
 「サンディー・ローには気をつけるんだぞ。何があるか分からないんだから」、とベルファースト在の知人は肩をすくめる。 
 
 ホステルの窓からは、通りの向かい側にある白タクの事務所の前に、数人の若者が飲み物を片手に話しに興じている様子が見えた。ひじをついてビール瓶を傾けるのに丁度良い高さの藍色のゴミ箱の周りに、昼夜、決まって何人かが集まっていた。一度、酔った勢いなのか、殴り合いの喧嘩が始まった。相手につかみかかろうとする二人を、周りが一生懸命押さえ込んでいた。 
 
 サンディー・ローを起点にして、ベルファーストのフラッシュポイントと呼ばれる場所を歩いてみた。 
 
▼壁画に描かれるそれぞれの英雄 
 
 土曜日の午後。サンディ・ローの人通りは少ない。パン屋、精肉店、新聞や雑貨などを売るニューズ・エージェントの店など小さな店が点在している。ロイヤリストの武装集団の旗やバッジを売っている店もあった。 
 
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 歩き出してすぐ、壁一面を追う壁画がある建物に出くわした。北アイルランドには、カトリック、プロテスタントの両住民が、思い思いに描いた壁画が多い。 
 
 ほとんどが、それぞれの英雄、歴史上の重要人物などを描き、自分たちのコミュニティーの結束、プライドを表す。黒い覆面を被り、ガンを持っている男性たちの壁画も多く、カトリックたちはカトリックの過激派武装集団アイルランド共和軍(IRA)の、プロテスタントたちはロイヤリストの武装集団UVF(アルスター・ボランティア・フォース)の「勇姿」を誇らしげに描く。 
 
 北アイルランドの人に聞くと、「文化の1つ」「伝統だ」というが、ガンマンを眺めて育った時の心理的影響はどうだろう、と懸念を持った。 
 
 サンディー・ローには、ロイヤリスト民兵組織の闘いを描いた壁画が目立った。ある建物の壁面には、覆面姿の2人のガンマンが描かれており、壁の左手部分に火炎瓶などが投げられたか放火された後のような、黒い焼けただれた部分がそのままになっていた。 
 
 右手にあった小さな空き地には壊れかけたビルがあり、ビルの壁の一面に覆面ガンマンの姿が描かれてた。隣接する壁には、誰が書いたのか、詩のような文句がスプレーで書かれていた。 
 「「人生はどう? 何が人生? どうやって生きる?」 
 
▼戦争ごっこをする子どもたち 
 
 高い金属性の柵が家を囲む、カトリックの住民が住む地域に入った。北アイルランドでは、カトリック住民の集中居住地域にはアイルランド共和国の3色の旗、プロテスタント住民の居住地区には白地に赤十字のイングランドの旗か英国旗のユニオン・ジャックがたてられていることが多いのが常だった。最近は旗の数がめっきり減ったようで、カトリック地域であることをすぐには気づかなかったが、途中で出会った3人の少年が教えてくれたのだ。 
 
 金網の柵の前の路上で、おもちゃのライフルを持った少年たちが戦争ごっこをしていた。それぞれ、9歳、10歳、11歳だという。 
 
 「写真を撮っていい?」と聞くと、嬉々として柵の前に走ってゆき、並んでくれた。日本出身であることに非常に興味を持ち、好きなサッカーのチームは、ミュージシャンは誰か、と聞いてくる。「エルトン・ジョンなら知っているけどね」と答えると、少年たちは顔をしかめ、「エルトン・ジョンはゲイだよ」。 
 
 プロテスタントの友達はいるか、と聞くと「いない」「知らない」との答えが返ってきた。 
 
 北アイルランドの子供たちは大部分が宗派ごとに分かれた学校に通うので、通常、他の宗派の子供たちと遊ぶ機会はほとんどない。 
 
 「日本から来たんだったら、ほら、これやるよ」と一人の少年が、銀色の10ペンス硬貨(約20円)を私に差し出した。「もったいないよ、いいよ」と言っても、きかない。「見たこと、ないんでしょう?日本に持って返っていいよ」。 
 
 ベルファーストでは、前日、年金生活者が白昼路上で襲われ、強盗にあったばかりだった。「身の危険を感じたことはないの? おもちゃでもライフル持ってると、危ないんじゃないの?」 
 そう聞くと3人とも、首を振った。 
 
 「今度はあっちの写真を撮れば?」 
 少し先にも大きな壁画があった。中央に椅子に座った老婆がおり、子供がブランコに乗っている様子に加え、ベルファーストの様々な通りの名前が描かれていた。カラフルで明るい壁画だ。市内では、暴力的な壁画を平和なものに変えていこうという動きがあり、この壁画もその1つなのだろう。 
 
 「バーン!バーン!」ライフル持った少年が、壁がめがけて銃を撃つまねをした。 
 
 「橋」を見せたい、といわれて後をついていくと、コンクリートでできた広い通路があって、先は別のコミュニティーとつながっているようだった。通路には金網上の屋根がついていたが、乳母車、コーラの空き瓶、牛乳の紙パックなどが乗っかっており、一種のゴミ捨て場のようにもなっていた。 
 
 「殺す、って日本語でなんていうの?」ライフルを持った少年が聞いた。 
 困ったなあと思って、分からない、というと、前に教えた「オハヨウ」に、「バーン」という言葉を加え、弟だという少年にライフルを向けた。 
 戦争ごっこが始まった。 
 「オハヨウ、バーン!」という度に撃たれた少年はコンクリートの道におどけた格好で倒れこむ。その倒れ方が真に迫っているので、思わず可笑しくなり、倒れるたびに他の少年たちと一緒に笑っていた。 
 
 買い物袋をぶら下げた大人たちが時折、私たちを不思議そうに凝視していく。 
 
 カトリックの住民しか来ない場所で、明らかにどちらでもないアジア人の私が、少年たちと笑いあっているのが、よほど奇異に見えたのか、通り過ぎた後で、体は既に先に行っているのに、顔だけは私のほうを見続けている大人もいた。 
 
▼「危ないから行っちゃダメ」 
 
 「橋の先に行ってみようか?」と言うと、少年たちは、一様に首を横に振る。 
 「どうして?」 
 「行っちゃいけないと言われている」 
 「プロテスタントの人たちが向こうに住んでいるの?」 
 「カトリックだけど、危ない人たちなんだよ。絶対行っちゃいけないんだ」 
 
 詳細は分からなかったが、カトリック系武装集団アイルランド共和軍(IRA)に関連した人たちがいる、ということなのだろうか? 
 
 「喉が渇いた」という少年たちと駄菓子店に行く途中に、小さな空き地があった。ライフルを持った少年の弟が2メートル以上の柵を器用に登り、草むらでものを物色。さびた茶色の2ペンス(約4円)硬貨を私にくれた。「これも記念に取っておけば」。 
 
 「ほら、これも見て」。後頭部にある頭髪をかきわけ、10円玉のサイズの赤い傷を見せてくれた。「石があたったんだよ」。何故?と聞くと、「石の投げ合いをしていたから。友達と遊んでたんだよ」。 
 
 駄菓子店で、少年たちに飲み物でも買ってあげようと思っていたら、年長の少年がチョコレートとおもちゃをすばやく買って、私に渡した。チョコレートの代金を渡そうとすると、「いらない」と言って、受け取らない。 
 おもちゃは、ピンク色のゴム製の袋で、表面に顔が描かれている。袋の中には白い粉が入っており 触ると耳たぶのようなやわらかさだった。指で袋を押していると、顔の形がいろいろ変わって楽しめるのだ。「ありがとう」と礼を言った。 
 
 「またね」と行って歩き出し、少しして振り返ると、少年たちは金網の柵によりかかりながら、手を振っていた。(続く) 
 
※「北アイルランドは今」は、日本と英国の相互理解を進めることを目的とする、英国のチャリティー団体グレイトブリテンササカワ財団助成金を得ています。

http://www.gbsf.org.uk/general/j/genera_jpl.html 

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by niinfo | 2007-09-26 21:20 | 北アイルランドルポ